今回の本
タイトルに目を惹かれて読んでみた。たしか違う本を探していたのだが、その本は何だったのかすっかり忘れてしまった。さて、この本は「現代詩」との接し方を教えてくれる本だ。今回の本を読んで詩とは現代アート作品のようなものだと思った。作者の考えや意味を理解しようとするものではなく、「わからない」を楽しむものなのだと理解した。
分からなくて良い
詩と初めて出会うのは国語の教科書で、そこには表現技術や作者のきもちについて、理解度がテストされる。だから、詩とは理解するものだと認識してしまう。この本は詩は理解しなくても良いんだよと教えてくれる。
意味は分からないけど、かわいいとか、きれいとか、感覚的なもので良いのだという。
詩とは、ただ純粋な「ことば」である。文字という形で記録され、不特定の誰かに読まれる、用途の決められない存在である。それは、日常の秩序にゆさぶりをかけ、わたしたちの意識に未体験の局面をもたらす、ただそのような作用をすればじゅうぶんなものだ。
作者が伝えたかったメッセージは分からなくても、何か感じるものがあればそれで良いのだ。「アートとは鑑賞者が思考を巡らせることで完成する」と言われることがある。詩も同じなんだと思った。正解を探す必要はなく、自分が何かを思うことで良かったんだ。
わからないことに価値がある
「いまの自分に答えを出す力はないから、謎のままだいじにとっておくのだ。いまの自分にわからなくても、これは絶対にすてきなものなのだから」とわたしはくりかえし思い、 ひそかな興奮と解放感をおぼえた。
「すぐにわかったつもりになるのをやめて、簡単にわかってしまわないようにする」という態度のたいせつさだ。「わからない」という認識は、日常なじんでいるものを「わかっている」と思うことに比して、より高度の認識である。なぜなら「わからない、不思議だ、ここには何かがあるにちがいない」という感覚は、もともと理解力の乏しい人には生じないからだ、というのである。
学校の授業においても、仕事においても、「わかる」ことが大切だと思ってきたが、「わからない」を持ち続けることも大切なんだと思った。「わからない」から諦めたり、嫌になったりするんじゃなくて、「わからない」けどなんか気になるなら、自分なりの答えを出せるまで「わからない」を持ち続けるのが良い。
以前読んだ「はじめて考えるときのように」という書籍を思い出した。そのときは「問いを携える」大切さを学んだ。「わからない」を持ち続けると似ていると思う。詩に関わらず「わからないなぁ」を大切に扱っていきたい。
iucstscui.hatenablog.com
